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2004,8,29 感動の鈴鹿

昨日は、鈴鹿ロード御参加の皆さん御苦労さまでした。

台風16号が近付いているなかで、一時はどうなるかと思いましたが、昨日雨もふらず快適な曇り空の下で競技することができました。ムーンテイルでは、1時間サイクルマラソンに参加し全員完走することができました。

まず、感動したことは非常に走り易いことです。一般道では、様々な障害物があって、注意しながら走らなければ即転倒とかパンクとか大変ですが、その心配がまったくないということは目一杯走りを楽しめるということです。あれほど開放感のある走りができたのは初めてです。脚力、体力のある方であればなおさらのことです。路面との相性も良いと思います。グリップがしっかりしていて、上りでもグイグイ上る感じです。とにかく自分ではないような力強い走りが体感できます。

ところで、先日この“ひとりごと”で書いていたように、MTBとロードとの違いですが、まったく予想と違っていたことがあります。それは下りの方はロードが一方的に速く、上りでどっこいどっこいの速さじゃないか、みたいな予想をしていたのですが、まったく逆でした。鈴鹿の西コース(サーキットの西側半分3.5Km)はテクニカルコースでロードバイクにとっては結構走りにくいコースであるということです。具体的には、下りのヘアピンで大回りをしているロードバイクに対して、私の1.25タイヤはグリップ力が高く小回りが効くのです。その分速く走れると言う訳です。逆に、上りは軽いロードはグイグイ上っていってしまいその差は大きいです。それと、上りにかかると、スタンディングで上るのですが、フロントのサスペンションが沈み込んでしまい、どうしてもパワーをロスしてしまいます。

しかし、年々マウンテンバイクの参加が増加しているみたいでMTBの健闘を讃えていました。どこまで、ロードに近付けるのか興味のあるところです。それでは、来年もチャレンジしましょうか。

2004,8,24 ハイカーとの共存

MTBマガジン24号のある記事の紹介です。

“走る環境を作る為に・・・・”というタイトルです。内容を要約すると、本来トレイルを走るMTBなのだがMTBがあまり認知されていない為に、様々なトラブルがハイカーとライダーの間に発生してる。ハイカーとライダーの間の認識の違いが問題視されているのが現状です。そこで、その溝をうめるべく動き出したのが山の会会長の中村氏とMTBプロライダーの鈴木氏です。それは、ある日鈴木氏が中村氏と話したのをきっかけに、いっしょにトレイルを整備することになったことから始まったそうです。

中村氏はこう語っています。
“山を歩いている方は、自転車に会うと驚く人が多い。これは、まだ自転車に対する免疫が無いからだと言えます。我々が歩いている山も自分達の物ではないので、特に自転車が危険な走り方をしているのでなければ良いのではないでしょうか。多少のアレルギーが無くなれば共存できると思います。”

この言葉は私たちMTBライダーにとって非常に貴重な意見です。私自身、トレイルを走る時は非常に慎重に走っています。ハイカーに怖がられていないか、迷惑がられていないかということを意識しています。必ず、すれ違う時には挨拶をします。ほとんどの場合は、明るく好意的な挨拶が帰ってきますが、中には挨拶が帰ってこない場合もあります。そんなときには、自分も山の愛好家にとって迷惑な存在だろうなと考えてしまいます。反対の立場なら自分でもそうかもしれません。

しかし、MTBライダーにとって走れるトレイルがなくなったら悲しいことです。いままで、それぞれに動いていたのが、いっしょに意見を出し合って問題を解決してゆけることは、大きな進歩だと思いますし、理想的な共存があるとすれば、いっしょにそれを模索するべきだと思います。関西にもこのような動きが少しでも早くおこればと思います。

2004,8,21 ちょっとまて

今日はMTBマガジン24号に興味深い記事が載っていたのでその紹介をしようと思っていたのですが、実は変な迷惑?メールが入ってきたのでその紹介をしようと思う。

その迷惑?メールはこんな内容です。タイトルが“メールをもらったのですが”というタイトルで、本文は次の通りです。
"私のメールに件名も本文も書いていないメールが来たのでどなたかわからなかったのですけど返信して
みました
私は松崎と申します。間違いだったらごめんなさい”
という短い文章です。はじめに言っておきたいことは、この松崎となのるメールアドレスには、どんな間違い
であろうと私のパソコンからはメールが送れるような状態にないということです。アドレスも知らないし、にたようなアドレスも私のメモ帳にはない。さて、いったいなにものなのでしょうか。

大抵このような姑息な手を使ってくる連中は出あい系サイトの連中です。とすると、このメールに返信すると松崎さん(明らかに女を装った男臭いが、オカマではない)から又メールが届いて“あら、奇遇ですわ。しらない方とこんな風にであえるとは。メル友からはじめませんか?”てな感じになるのでしょうか?それとも“私、実はさびしいの。あなたになぐさめてほしいの。”とストレートに迫られるのでしょうか?どちらにしても、俺には関係ねーや。どこの馬の骨だかしらねーが、ふざけるんじゃねー。と言い返したい気持ちです。

最近、やたら自分の知合いのようにして勧誘のメールを送ってくるやからがいます。けしからんです。頭にReを付けてさも自分がメールを送ったように偽装して送ってくるメールが最近多くなっています。アダルト系が大半ですが、なんとかならないものでしょうか?これでは、折角便利なメールが台無しです。対策を知っている方がおればおしえてください。

2004,8,20 鈴鹿まで後1週間

テレビではアテネで日本勢が金メダルラッシュであることを報じている。期待に答えた選手、ダークホース的選手、期待に答えられなかった選手いろいろだが、そこがオリンピックである。しかし、どの選手に於いても試合に望む時の緊張感は皆同じで、私たちの想像を絶するものであることは間違いない。その1%ほどの緊張感を味わう為に、私たちは鈴鹿ロードに参加する。

試合に参加するのであれば、大なり、小なり目標を持たなければいけない。それが大会を運営してくれる方々に対しての礼儀であると思う。

そこで、自分のたてた目標はというと、
上位入賞はまず望めない。あまり夢をおいかけ過ぎてもよくないだろう。50位以上の入賞、ちょっと中途半端である。なにせ初めての参加なので自分の実力がどのくらいなのかもわからない。曖昧な目標でも緊張感がわかないので、やはり順位は目標になりにくい。ベストをつくすまでである。それでは、もっと具体的な目標として次のことを意識することとした。

今回の出場はMTBでの出場となる。そこで、ロードバイクとどれだけの差がでるのだろうか、この際検証してみようと思う。バイクはアゾニックフレームの26インチである。今回の為に改良した点は、まずホイールはホワイトインダストリー スピードレーサーハブにアラヤRM-940XCリムの組み合わせで軽量とスムーズさを格段に向上させた。そこへタイヤをTサーブの1.25をはかせロードに対しての高速化をはかる。ハンドルはイーストンEA50のグラットバーに変更して前傾のポジションを取り易くする。ペダルは使い慣れている、ICONを装着して完成である。変則、ブレーキ等はシマノXTでスプロケットのギア比は変えていない。26インチのタイヤと700Cでは外周長で200mm強の差がある。つまりひとこぎで20cmの差がつく。同じ回転数で走れば、確実に差がついてゆくのである。MTBでは、前44T,後ろ11Tで走るのがいっぱいである。下りでトップスピードとなるなら、下りで差がつくのは目にみえている。大きなギアで早くトップスピードにもっていけるかどうかがロードについていけるかいけないか決まってくるのではないだろうか?そうすると、鈴鹿の場合ストレートを上り切った時点で多めの回転数でできるだけロードに差をつけられなければ大差がつくことはまぬがれることができる。

鈴鹿は数年前より、逆回転の進行方向となっている。スタンド前のストレートが上りとなるので、ロードの最もスピードのでる下りストレートがない。そして、下りはS字の下りとなる。技術の差がでてしまう下りであるが、S字であればグリップのしかっりしたMTBの方が有利な面もある。このように考えると、鈴鹿はあまりロード、マウンテンで両者の間に差がひろがりにくいコースとなっているように思う。

MTBの最速化を目標にどれだけ食い込めるかに注目してみたいと考えている。とくに、その差がつくのはいったいどこなのかに注目したい。とにかく今は当日のレースを楽しみにしている。

2004,8,15

車で片道13時間の帰省は、いまさらのことではあるが遠いと感じた。折角、東北は福島へ帰るのであれば地元のトレイルを走ってみたいと思うのは当然の成りゆきである。そこで、貴重な一日をライディングにあてることにした。私の実家から丁度中通りを挟んだ反対側に吾妻小富士が見える。小さな頃は、良く車で上ったことがある場所ではあるが、そこまで自転車ではまだない。私の中の好奇心がブルッと震えた。

吾妻小富士のふもとに浄土平がある。観光スポットのビジターセンターがあり、そこから小富士の山頂までは300mぐらい登る。道は木の階段ができていて、観光客用にだれでもが登ることができるようになっている。浄土平への道のりは、福島市内の西側からの上りで、磐梯吾妻スカイラインがある。途中より有料となる道であるが自転車も150円出せば走ることができる。登りはじめてから30kmで浄土平に着く。車ならば4〜50分というところか。途中、信夫温泉、高湯温泉と二つの温泉があり、そこからはどの場所でも見晴らしは最高で高度を増す度に、その感激度はうなぎのぼりになる。

浄土平は標高1630m,吾妻小富士においては標高1707mに至る。1500mぐらいからは火山特有のガレた岩肌が空のブルーとのコントラストをなし、呆然と佇むしかなくなるような絶景である。

今回はまず磐梯吾妻スカイラインのオンロードを上る。1300mの高度差を30kmの道のりで上ると、浄土平に着く。この高度差は始めてである。丁度逆瀬川から六甲山上までの倍である。走れない距離ではない。実際思ったよりも確実に距離をかせぐことができた。1000mを越すあたりからは、空気も冷たく強い日射しはあるものの汗もそれほどかかない状態である。咽のかわきもさほど感ぜず、最後の浄土平への急坂で始めて水分を補給した。

ひと休みした後に、下りの登山道に入る。ガレた足場で乗車率も低いが、吾妻小富士の頂上付近に小さく人陰が見えるようなオープンな景色の中を走っていると、日本にいることを忘れてしまう錯角に陥る。しばらくガレた場所を走ると徐々に草木が迫ってくる。いつの間にか低木の高山植物に囲まれ道も回りから隔絶される。気がつくと、笹薮の中を歩いていて草が行く道をさえぎってしまう。しかし、足下にはしかっりした山道があり、それを頼りにさらに進む。中盤は笹薮の中をひたすら進む状態だ。登山道には期待はしていなかったものの、少しがっかりしていると、少し道が開け緩やかな尾根道のような感じになってきた。道は腐葉土に覆われやわらかく、木の根っこも少なくなる。そこから1kmほどもあっただろうか、一旦乗車するとジェットコースター状態になり途中一端休憩を入れるしまつとなる。こんな山深いところで走れるところが見つかるということは、言ってみれば、サーファーのビッグウェーブと同じくらい感動があるのだ。しこたま、シングルトラックに集中しているとやがて下りがきつくなり、しだいに乗車率が落ちてくる。かなり下ってきているのでもうじき温泉に着くのではと思いきや、近くで車の音がする。細い舗装路にでる。左手奥に古い藁葺き屋根の民家が見える。微温湯温泉だ。

ヌルユオンセンと読む。名の通り湯温31.8度というヌルさである。玄関に広い土間のあるところが入口となる。思わず故里へ帰ってきたようなそんな気持ちにさせる。若い女性の店員さんに“自転車なんですが、玄関先に置かせてもらってもいいですか?”と尋ねると、“自転車ですか?どこからいらしたんですか?”と私の質問に答える前に質問してきた。“浄土平からです。”と答えると、“へー、山道をこられたんですか?”と半信半疑にうなずいた。いつも自転車のおかげで会話のきっかけがつかめる。しばらく会話を続けた後、入浴した。入浴料500円、タオル250円。カラフルな温泉に似合わないタオルであったが、温泉名が印刷していないのが残念だった。湯槽は6帖ほどの小さなものだった。先に入ったお客さんが湯槽を占領していて、自分の番になるのに少し時間がかかった。確かに入ると温泉プールに入ったように少しだけ温かさを感じる程度で、いつまでも浸かっていられるような、長風呂好きにはもってこいの温泉である。筋肉痛、腰痛、皮膚病、やけどなどに効能があるらしい。

温泉でくつろいだ後は、いよいよ最後のライドである。ここから先は、細い舗装路がメインで下から上ってくる車に注意しながらひたすら下るのみである。途中砂利道になるものの快適に下れる道である。下りを下り切ったところに車がありそこがゴールとなる。

今回は思いつきのライディングではあったが、思いがけず充実した走りを体験することができた。なによりも、1600mを越す標高でのライディングは感動ものであった。

2004,8,10 11~14の間お休みです。

当店を御利用してくださっているお客さま、誠にありがとうございます。
勝手ではありますが、11~14の間、お休みとさせていただきます。8/15より営業致しますのでよろしくお願い致します。

先日、魚屋道の写真取りをしてきました。休み明けに編集してアップするつもりですので、御期待ください。この休みにいろいろな所にツーリングへ行かれる方は情報をお寄せください。楽しみに待っています。

2004,8,6 プロテクター

私が名古屋で走っていた頃は、MTBもまだ浅く技術的にもまだまだの頃だった。名古屋の北に位置する明治村。御存じの方もいるだろうが、その明治村の東にハ曾山がある。ロケーションとしては抜群のところで、私が住んでいた桃花台の15分のところである。そんなロケーションも効をそうしたものか、やはり、毎週のように通うようになっていた。小高い山並が連なるまさにMTB天国のようなところで、なぜ、こんなところを皆知らないのかと不思議がったけれども、4~5年たったころには皆、走るようになって自動車でMTBを持込む人が多くなっていました。

私がMTBの技術を磨いたのはそのころで、最初は体中プロテクターだらけだった。スネをよく打ったものだが、スネ、膝、腰、ひじ、と打ち易いところには必ずプロテクターをしていた。不思議とプロテクターをしていると安心感からか、恐さがなくなり調子よくはしれたものだ。

特に、良く打ったのはスネである。ちょっとしたジャンプの後ペダルより足を踏み外してスネをペダルのピンでおろし金状態でこするわけです。その痛さといったら、言葉で言い表せないほどの痛みで、その場にしばらくじっとしていて動けない状態です。血がどくどくと流れ落ち白いソックスが血で真っ赤になります。その様を見て初めはぞっとしていましたが、半年もすると、それが当たり前のように感じるようになっていました。

あるときには、山から降りてきた私の姿を見て、通りがかりの女の方が、私を幽霊を見るがごとくの顔で覗くので、なにかと思いきや、足から溢れるほどに血が薙がれているではありませんか。ソックスもシューズも真っ赤なのです。その状態を知ったとたん痛みがでてきました。気がついていなかったのです。何度となくスネを打っているうちに痛みがなくなってしまっていたのです。恐ろしいことです。

とにかく、最初の頃は良くこけました。無理をして前転なんてこともいつものことでした。しかし、若い頃ならまだ回復力があるので、良いでしょうが、この年になるとちょっとした怪我が尾を引いてしまうことがあります。そんなことにならないように、最近では最大限注意して自分の技量にあった走り方をするように心掛けています。

山を走る場合、ついつい調子がのるとオーバースピードになりがちです。その気持ちは良くわかります。しかし、気がついた時には転倒ということになりかねませんので、くれぐれも少しづつレベルアップしてゆきましょう。

2004,8,3 入門書

7/26にスタンディングスティールのことについて少し書きました。

私がそれまで自転車での走り方についてあまり考えなかったのに、多度大社を走るようになってからは徐々に興味を持つようになってゆきました。

左の本は和田ハジメのハジメの一歩です。内容はトレイルを走る為のテクニックが分りやすく紹介されていて、始めてオフロードを走る方にはとても参考になる一冊です。トライアル的なバイクコントロールテクは無いものの、安全に走ることを考えると一度は目を通しておいた方が良いです。

この本に目を通すと、きっとオフロードが走りたくなると思います。

オフロードは一度だけ走るというのではなく、何度か走り込むと徐々に技術が上達して速くスムーズに走れるようになるのです。

最初に走ったときのコースと、同じコースを走っても全然違った走り方になってそれはもう感動ものです。そして、さらに、難しいコースへと移ってゆくわけですが、そのコースを見つけることもまたひとつの楽しみといえます。

テクが身につくと自分でコースにランクを付けて、A級B級と区別できるようになってゆきます。テクニックを身に付けてゆくことは、自分自身を鍛えることと自転車を良く知って、より確実にコントロールできるバイクに成長させてやることです。

ぜひ、バイクテクニックに興味をもって練習してみてください。走りのスタンスが変わってくると思います。

2004,8,1

上の写真は六甲山頂付近の紫陽花です。紫陽花は土の酸性度が強いと青くなるみたいです。緑とブルーのコントラストがとても綺麗です。

いよいよ、六甲山輪行のコーナーがオープンしました。そちらも、御覧ください。